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長野地方裁判所松本支部 平成7年(ワ)238号 判決 2000年3月28日

原告

甲野春男

外一名

右両名訴訟代理人弁護士

毛利正道

被告

乙田一郎

外六名

右七名訴訟代理人弁護士

成毛憲男

右同

山内道生

主文

一  被告らは、原告らそれぞれに対し、連帯して金五二七五万六一一二円及びこれに対する平成六年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告らそれぞれに対し、連帯して金一億九四一二万六九九一円及びこれに対する平成六年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事実関係

一  事案の概要

本件は、被告ら七名から集団暴行を受けて死亡した甲野太郎(以下「訴外太郎」という。)の両親である原告らが、被告らに対し、(共同)不法行為に基づき、訴外太郎の逸失利益、慰藉料等の損害賠償を求めた事案である。

二  前提事実(当事者間に争いがない。)

1  当事者等

(一) 訴外太郎は、昭和五一年一〇月一五日生まれであり、平成六年六月当時、高校三年生(一七歳)であったが、後記2の集団暴行事件により死亡した。

訴外太郎には、弟次郎(以下「訴外次郎」という。)がおり、同人は、右事件当時、高校一年生(一六歳)であった。

(二) 原告らは、訴外太郎の父母である。

(三) 被告らは、それぞれ○○町立△△中学校(平成五年三月卒業)に在学当時からの友人同士であり、後記2の集団暴行事件当時、被告戊山四郎(以下「被告戊山」という。当時一七歳)は配管工として働いており、他の被告らは高校二年生(一六歳)であった。なお、被告丁橋三郎(以下「被告丁橋」という。)は、訴外次郎と同じ高校に在学していた。

2  集団暴行事件の発生

被告らは、共謀の上、平成六年六月二九日(以下、特に断らない限り、平成六年六月を指すこととし、年月の記載を省略する。)午後一〇時三〇分ころから同日午後一〇時五〇分ころまでの間、長野県北安曇郡○○町大字××所在の○○町立××小学校(以下「××小学校」という。)の敷地内において、訴外太郎及び同次郎(以下、両名を併せて「訴外太郎ら」ということもある。)に対し、こもごも、多数回にわたり、殴打・足蹴等の暴行(以下「本件暴行」という。)を加え、訴外太郎に対し、頭部、顔面部、頚部、胸腹部、背部、左・右上肢、左・右下肢の全身にわたり合計二七か所の擦過傷・打撲傷並びに硬膜下出血・くも膜下出血・左副腎周囲出血等の傷害を負わせ、右硬膜下出血を原因として、三〇日午後三時三七分ころ、豊科赤十字病院において死亡させた(以下、右集団暴行事件を「本件事件」という。)。

三  本件事件の具体的な経過

本件事件及びその前後の経過等についてみるに、当事者間に争いがない事実、並びに甲第九号証ないし第二八号証、第三〇号証ないし第三六号証、第三八号証ないし第六一号証、乙第一号証ないし第一六号証、証人甲野次郎の証言、被告ら各本人尋問の結果(以下、右摘示の証拠を「本件事件関係証拠」という。)及び弁論の全趣旨により認められる事実は、次のとおりである。

1  二七日夕方ころ、被告戊山及び同丁橋らは、被告丙林二郎(以下「被告丙林」という。)の自宅(なお、当時、同人宅には、しばしば被告らが雑談等をする目的で集っていた。)に遊びに行き、雑談等をして過ごしていたが、被告戊山が「最近頭に来てしょうがないから、喧嘩でもしたい。」、「最近むかつく奴はいないか。」などと話し出したところ、被告丁橋が「甲野次郎がむかつく。」と応じ(なお、被告戊山及び同丁橋は、以前から、訴外次郎の日頃の態度が生意気であるなどと感じ、同人のことを快く思っていなかった。)、訴外次郎のことが話題となり、同人の態度が生意気であるなどと話し合っていた。そのうちに、被告戊山が「俺が電話をかけてしめてやるわ。」と言い出し、被告丁橋らもこれに同調した。被告戊山らは、訴外次郎宅に電話をかけ、応対に出た訴外次郎に対し、先輩に対する態度が生意気であるなどと文句を言うとともに、「おい兄ちゃんはどうした。お前のバックが出てきたって関係ねえんだぞ。」「お前の兄貴を出してもいいぞ。」などと、訴外次郎が日頃とっている生意気な態度の背後に訴外太郎の存在・影響があることをにおわす言葉を口にした。

2  訴外太郎は、同日夜、訴外次郎から右1の電話の内容を聞き、自分の名前を出されたことに立腹するとともに、その真意を問いただそうと考えて、被告戊山宅に電話をかけたが、同人が不在であったので、訴外次郎に、被告戊山の友達で訴外次郎と同じ高校に通う被告丁橋を明日の放課後に駅に呼び出すよう指示した。

3  二八日朝、訴外次郎は、他の同級生の仲間とともに高校の校門付近で被告丁橋の登校を待ち、登校してきた同人に対し、二言三言言葉を交わした後、「放課後、来い。」あるいは「あとで面を貸せ。」などと言って呼び出そうとしたが、同人から「なんで行かなければいけないんだ。」などと言われ、「びびってるのか。」、「来いよ。」などと言い返したものの、被告丁橋が訴外次郎を突き放して立ち去ったので、その場は事なきを得た。その後、訴外次郎は、訴外太郎に対し、被告丁橋に断られ、呼び出しに失敗したことを電話で伝えた。

4  二九日午後七時ころ、被告戊山は、勤務先からの帰宅途中に被告丙林宅に立ち寄ったが、その際、同人から右3の出来事を聞き、訴外次郎に対する腹立ちを強め、被告丙林に対し、「今日、甲野の弟をやるから、みんなを集めろ。」などと指示し、被告戊山及び同丙林において他の被告らを電話などで被告丙林宅に呼び出した結果、同日午後一〇時ころには、被告丙林宅に被告ら全員が集まった(なお、必ずしも被告らの全員が事前の訴外次郎のことが話題となることを知って被告丙林宅に集まったわけではなかった。)。

5  その後、被告らは、二リットル入りのビール缶二本を購入して、これを飲みながら雑談をしていたが、訴外次郎のことに話題が及び、前記3の出来事等も話に出て、訴外次郎の態度が生意気であるなどと話し合っているうちに、訴外次郎に再度電話をかけて文句を言い、謝罪させようということとなった。

そこで、被告戊山が訴外次郎宅に電話をかけて、同人に対し、同人が二八日に被告丁橋に対してとった生意気な態度等について詰問している途中で、訴外次郎が訴外太郎に電話を代わったため、同人と言い争いとなり、同人に対し、「お前には関係ない。弟と代われ。」と言ったが、訴外太郎に拒否されたことから、さらに言葉の応酬が激化し、その後、その他の被告らも次々と電話を代わって訴外太郎との間で被告戊山と同様の激しい言葉の応酬をしているうちに収拾がつかなくなり、双方とも外で決着をつける以外にないと考えるに至り、被告戊山が、「今からすぐ××小学校に行くから出て来い。来なきゃ家まで行く。」と行って電話を切った(なお、最終的に××小学校という場所を指定したのは被告らの方であると認められるが、その前に、訴外太郎らと被告らとのどちらが先に外に出て来いなどと要求したかについては、証拠上必ずしも判然としない。)。

6  右電話後、被告らは、お互い口々に「行くか。」などと言ってその気持ちを確認し、各々、訴外太郎らが被告らに謝罪しなければ、暴力も辞さず、あるいはそれもやむを得ないなどと考えて被告丙林宅を出、四台のバイクに分乗して全員で××小学校に向かった。

一方、訴外太郎も、右電話後、訴外次郎に対し、「××小学校に喧嘩をやりに行くぞ。」などと電話の話の内容を伝え、訴外次郎とともに××小学校に向かったが、その際、訴外太郎らは、被告らが大勢で来ることに備え、護身用に、訴外太郎はゴルフクラブ(アイアン)及びドライバー各一本を、訴外次郎は自転車のステップ一個をそれぞれ携帯した。

7  同日午後一〇時三〇分ころ、訴外太郎らと被告らは、××小学校敷地内の駐車場で対峙したが、被告らは、訴外太郎がゴルフクラブを携帯していることを知るや、訴外太郎らに対し、「アイアンなんか持ってきやがって。」「武器を持ってなけりゃ、喧嘩もできねえのか。」などと怒鳴り、訴外太郎らも、被告らに対し、「おまえ達こそ、二人じゃねえのか。」などと怒鳴り返した。

8  そのような状況の中、被告丁橋がゴルフクラブを所持していた訴外太郎に向かってバイクを発進させ、そのまま突っ込むようにして威嚇したところ、訴外太郎がこれに怯んだため、その隙に、被告己口五郎は、訴外太郎から、もみ合いの末、ゴルフクラブを奪い取り、これを後方に投げ捨てて訴外太郎らが使用できないようにした。

被告己口五郎は、その直後、少し離れた場所にいた訴外次郎の所に行き、「先輩に喧嘩を売るな。」などと同人と言い合ううちに同人と殴り合いとなり、そのころから、訴外太郎ら両名に対し、それぞれ被告らのうちの数名が相手になる形で本件暴行が開始されたが、訴外太郎らは、数で勝る被告らの前に殆ど反撃できず、ほぼ一方的に暴行を受けていた。

9  本件暴行が始まって約五分ないし一〇分が経過したころ、被告戊山は、右駐車場が民家に近いため、大声で怒鳴り合っていることが第三者に気づかれ、警察に通報されたりすることをおそれ、訴外太郎らに対し、「ここじゃ人目につきやばい。奥へいけや。」などと言って、訴外太郎らを前にして歩かせ、その後ろを被告らがついていく形で、全員が××小学校敷地内の奥にある児童昇降口の方に向かった。

10  被告らは、右児童昇降口付近で、再び訴外太郎らに対して暴行を加えた後、訴外次郎に対し、前記3の二八日朝の登校時の出来事が誰の差し金かを問いただそうと考えて、「おめえのバックは誰だ。」、「誰にやれと言われたんだ。」などと追及すると、訴外次郎が「兄貴です。」と答えたため、訴外太郎に対する被告らの怒りが増大し、既に無抵抗の状態にあった訴外太郎に対し、被告戊山が七、八回、被告丁橋が数回、それぞれ、その腹部や背中、顔面に対して強烈な足蹴を加え、また、他の被告ら数名も暴行を加えたところ、訴外太郎は、その場に倒れ込んでしまい、そのころ、被告らによる本件暴行は、ようやく終わった。

11  被告戊山は、倒れた訴外太郎を仰向けに寝かせたが、同人の様子を見て、他の被告らには、「脳震盪にすぎない。」などと言い、口からの出血が酷く、息苦しそうな状態であった訴外太郎に対し、その顔に水をかけ、血を拭き取り、また、訴外次郎に訴外太郎の口腔内に詰まっている血液を吸い出されるなどさせていたが、四、五十分経過しても、訴外太郎の容体が好転せず、悪化する兆候が見られたため、同日午後一一時四一分、公衆電話から一一九番通報させた。右の間、被告らは、現場の路面等に付着した血痕を水で洗い流すなどして、事件の痕跡を消す作業もしていた。

12  その後、被告戊山は、他の被告らが当時高校生であったことから、同人らに対し、本件事件は自分一人で起こしたことにするから逃げるよう指示し、また、訴外次郎に対しても、他の被告らの名前を出さないよう口止めするなどした。被告戊山の右発言を受け、他の被告らは、××小学校に救急車が到着するころには、同所から離れた。

13  被告戊山は、翌三〇日午前一時すぎ、傷害罪で緊急逮捕された。

14  訴外太郎は、三〇日午後三時三七分ころ、本件暴行に起因する硬膜下出血により、入院先の豊科赤十字病院において死亡した。また、訴外次郎も、本件暴行により、顔面打撲、鼻骨骨折等により全治約三週間を要する傷害を負った。

15  その後、被告らは、長野家庭裁判所松本支部において、傷害致死罪で少年審判を受け、それぞれ、少年院送致処分、保護観察処分等の決定を受けた。

四  原告らの主張

本件事件により原告らの被った損害は、次のとおりである。

1  訴外太郎の損害

(一) 逸失利益 金七八二五万三九八二円

平成五年度賃金センサス男子学歴計の全年齢平均の年間収入

金五四九万一六〇〇円

生活費控除

四〇パーセント(訴外太郎が将来配偶者や親族を扶養する蓋然性を考慮すると、生活費控除の割合は0.4にとどめるべきである。)

死亡時一七歳に対応する新ホフマン係数

24.7019−0.9523=23.7496

計算式(円未満切捨)

5,491,600×(1−0.4)×23.7496=78,253,982

(二) 慰藉料 金二億五〇〇〇万円

死亡慰藉料の算定について、死因となった加害行為の違法性が重大であることはその増額事由となるところ、本件における次のような事情に照らし、かつ、被告らに対する制裁的な要素をも加味すれば、訴外太郎が受けた精神的苦痛を慰籍すべき金額は、金二億五〇〇〇万円が相当である。

(1) 極めて悪質な事案(集団リンチ事件)であること

本件事件は、被告らが、特別な対立抗争関係にない訴外太郎らに対し、憂さ晴らしに喧嘩でもしたいという動機で因縁を付け、同人らが被告らに謝罪するまで徹底して暴行を加え続ける目的で、同人らを××小学校に呼び出し、七人もの多人数でこもごも暴行を加えた上、右暴行により訴外太郎が意識不明の重体に陥ったにもかかわらず、訴外太郎らに暴行を加えたのが被告戊山一人であったかのような嘘の申し合わせをしたり、路面等に付着した血を洗い流したりするなどの証拠隠滅行為をなし、自己保身に窮々とするのみで、一一九番通報するまでの約五〇分間にわたって訴外太郎を放置して死亡させたものである。

(2) 被告らが捜査段階で虚偽の供述をしていること

本件事件直後に作成された被告らの各供述調書をみると、暴力行為の内容や場所などの重要な事実につき、供述内容に食い違い、矛盾があり、被告らの全部または一部は虚偽の供述をしている。

(3) 被告らが二段階にわたって暴行をエスカレートさせていること

被告らは、当初、訴外太郎には殴打一回、足蹴り二回を、訴外次郎には頭部殴打一回、顔面膝蹴り一回及び殴打三、四回の暴行を加えた。

その後、被告らは、訴外太郎らに対し、同人らが謝罪するまで徹底的に暴行を加える目的で、後ずさりする訴外太郎らの前面約一メートルの所にほぼ一直線になって同人らを追い立て、××小学校内の奥にある児童昇降口付近まで連行し、同所で再び同人らに対し、暴行を加えた。

さらに、被告らは、訴外次郎から、本件事件前日の登校時の出来事の発案者が訴外太郎であることを聞くと、それまでの暴行により出血し、見るも無惨な状態で校舎に寄りかかっていた無抵抗の同人に対し、さらに足蹴等の暴行を多数回加えた。

右のように、被告らは、単なる「けんか」の範囲を大きく越えて、訴外太郎らに対する暴行を二重にエスカレートさせ、これにより、訴外太郎を死亡させたものである。

(4) 未必の殺意の存在

前記(3)のとおり、被告らが訴外太郎らに対する暴行を二重にエスカレートさせたのは、訴外太郎が謝罪するまで暴行を加える意図であったところ、同人が謝罪しなかったからである。そして、謝罪するまで暴行を加えるということは、謝罪しない限り徹底的に暴行を加え続けるということを意味するのであって、特に重大な傷害を負っている者に対し、その頭部・体幹部に徹底的に暴行を加えることは、死亡してもかまわないという意識があったはずである。また、被告らと訴外太郎とが本件事件直前に電話で口論をした際、被告らのうちの誰かが「殺してやる。」などと言っている。

右のとおり、被告らには、訴外太郎に対する未必の殺意が存在した。

(三) 弁護士費用 金一〇〇〇万円

2  原告らによる相続 各自金一億六九一二万六九九一円

原告らは、各自、訴外太郎の右1の損害を二分の一ずつ相続した。

3  原告ら固有の慰藉料 各自金二五〇〇万円

4  よって、原告らはそれぞれ、被告らに対し、(共同)不法行為に基づき、各自金一億九四一二万六九九一円及びこれに対する不法行為の後である平成六年六月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

五  被告らの主張

1  原告らの主張に対する反論

原告らの被った損害額は、次のとおりであると考える。

(一) 訴外太郎の逸失利益 金四七五一万二二二五円

平成五年度賃金センサス男子学歴計の全年齢平均の年間収入

金五四九万一六〇〇円

生活費控除率

五〇パーセント

死亡時一七歳に対応するライプニッツ係数

17.3036

計算式(円未満切捨)

5,491,600×(1−0.5)×17.3036=47,512,225

(二) 慰藉料

訴外太郎の慰藉料として金二〇〇〇万円、両親である原告ら固有の慰藉料として各自金五〇〇万円が相当である。ただし、被告らが訴外太郎に対して過剰かつ執拗な暴行を加えていること、被告らが証拠隠滅を図っていること、早期の救急措置を講じなかったこと等の事情に照らせば、合計金五〇〇万円を増額することはやむを得ない。

なお、本件事件は、喧嘩に伴う暴行を原因とする傷害致死の事案であり、被告らに未必の殺意は認められない。

(三) 弁護士費用 金八〇〇万円

(四) 合計 金九〇五一万二二二五円

2  過失相殺(抗弁)

本件においては、①二八日朝の登校時における訴外次郎の被告丁橋に対する挑発・非礼な言動が本件事件を誘発した側面があること、②訴外太郎らは、喧嘩になることを十分予想しながら、喧嘩も辞さない意思で××小学校に出向いたこと、③訴外太郎らが、その際、闘争用に(仮に護身用であっても)ゴルフクラブやドライバー等の凶器を準備携帯してきたこと、④訴外太郎らが本件事件現場において先に被告らに対して暴力を振るったこと等の事情を考慮すれば、被害者(側)にも相応の過失があるというべきであり、その割合は三割とするのが相当である。

六  被告らの過失相殺の抗弁に対する原告らの認否

否認ないし争う。本件において、訴外太郎らには、過失相殺の対象となるような過失はない。

すなわち、二八日朝の登校時の件は、当時高校一年生であった訴外次郎として、精一杯に考え、工夫してとった行動であり、過失と評価されるようなものではない。また、訴外太郎が××小学校に出向いたことについても、訴外太郎らは被告らから、××小学校に出て来なければ家に行くと言われたため、本件事件当日に××小学校に出向かなければ何時か別の機会に襲われるとの危機感を抱き、××小学校に出向いたのであるから、訴外太郎のとった行動に過失はなく、その際、親に話さなかったことも、訴外太郎が(親に話せることの方がはるかに少ない)高校生の年代であったことを考えれば、過失とはいえない。さらに、訴外太郎がゴルフクラブ等を持参したことについても、大勢(被告ら)対二人(訴外太郎ら)という関係を前提とすれば、防御的なものであることは明らかであり、責められるべき点はない。

七  主たる争点

1  原告らの損害額(特に慰藉料の金額)

2  過失相殺の成否

第三  当裁判所の判断

一 前記第二の二の前提事実及び同三認定の事実によれば、被告らは、原告らに対し、(共同)不法行為に基づき、連帯して、その被った損害を賠償する責任を負う。

二  そこで、以下、原告らの損害額について判断する。

1  訴外太郎の損害

(一) 逸失利益 金四七五一万二二二四円

訴外太郎は、昭和五一年一〇月一五日に出生し、本件事件当時一七歳の男子高校生であったところ、本件事件で死亡しなければ、一八歳から六七歳までの四九年間稼働することができたと推認することができる。そこで、平成五年度の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の全年齢平均年収額金五四九万一六〇〇円を基礎とし、右稼働期間を通じて控除すべき生活費の割合を五割として(なお、原告らはこれを四割にとどめるべきである旨主張するが、採用しない。)、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除し(ライプニッツ係数は、17.3036)、訴外太郎の死亡時における逸失利益の現価を算定すると、次の算式のとおり、金四七五一万二二二四円(円未満切捨)となる。

(算式) 5,491,600×(1−0.5)×17.3036=47,512,224

(二) 慰藉料 金三〇〇〇万円

(1) 本件事件で死亡した訴外太郎が精神的苦痛を受けたことは明らかであるところ、本件に現われた一切の事情、殊に訴外太郎が死亡する原因となった本件暴行の内容が執拗かつ悪質であること、救命措置を早急に講じなかったこと等に照らし、右精神的苦痛を慰藉すべき金額は金三〇〇〇万円が相当である。

(2) 原告らは、慰藉料の増額事由として、①本件事件直後に作成された被告らの供述調書上、本件暴力の内容等、犯罪構成要件に該当する重要な事実について食い違いや矛盾がみられ、被告らのうちの全員又は数名が虚偽の供述をしていること、②被告らには、未必の殺意があったことを主張する。

しかし、右①の点については、本件事件が夜半に起きた、被告ら七名の訴外太郎ら二名に対する集団暴行事件であることに照らせば、たとえ本件事件の直後であっても、被告らに自己や他人の言動等について記憶違いや記憶混乱があることは多かれ少なかれ予想されるところであり、本件暴行の内容等について、捜査段階における被告らの供述内容に食い違いがあっても、これをもって、直ちに虚偽の供述をしているとはいえず、したがって、右のような供述の食い違いがあっても、そのことが慰藉料の多寡に反映させるべき事情になるとは認められない。

次に、前記②の点については、確かに、被告らが訴外太郎に対して多人数でほぼ一方的に多数回にわたり暴行を加え、しかも、本件暴行の最後の段階において、それまでの暴行により大きな打撃を受け、抵抗する気力すら失っている訴外太郎の生命・身体の安全に対する配慮を何ら示すことなく、なおもその顔面、背部等に強烈な足蹴等の暴行を多数回加えていること、本件暴行終了後、被告らは、訴外太郎が重大な傷害を負っていることを容易に推測できる状況にあったにもかかわらず、脳震盪にすぎないという被告戊山の言葉に従って、直ちに一一九番に通報して病院に搬送する等、期待される適切な救命措置をとることなく、漫然と有効とも思われない処置をとることに終始していたことなどの事実に照らすと、被告らの一連の行為は、訴外太郎の生命の安全に対して重大な影響を及ぼす高度の危険性を有する行為・対応であることは明らかであり、単に「けんか」とか「不注意」の一言で済ますには、あまりにも重大で甚だしいものである。したがって、右のような事情が認められる本件において、死亡した訴外太郎の両親である原告らが、被告らには未必の殺意があったと主張することも、理解できないではない。

しかしながら、本件暴行に至った被告らの動機自体に訴外太郎に対する(未必の)殺意までも含んでいたと認めることには無理があるといわざるを得ない。すなわち、被告らは、××小学校に出向く際に凶器・武器等を持参しておらず、訴外太郎から奪い取ったゴルフクラブも使用していないこと、本件暴行終了後、被告らは、遅きに失したとはいえ、最終的には一一九番通報していること、本件事件直前の電話の会話の中で「殺してやる。」との言葉があったが、それは口論の中で交わされた売り言葉に買い言葉の類であるとみられることなどの事情に照らせば、本件事件当時、被告らが訴外太郎の死亡を積極的に意欲し、または消極的にこれを認容していたとは認められない。

したがって、慰藉料算定の一事由として被告らに(未必の)殺意があったことを考慮することはできない。ただし、右のとおり、訴外太郎の死亡という結果を招来した被告らの不注意の程度は極めて重大であるから、それを慰藉料の算定にあたり考慮することはできる。

(3) なお、原告らは、慰藉料の算定にあたり被告らに対する制裁的要素も加味すべきである旨主張するが、民事・刑事責任を分化している現行法制度上、右主張は採用できない。

2  原告らによる相続 各自金三八七五万六一一二円

原告らは、それぞれ、訴外太郎の親として、訴外太郎の右1の損害を各自二分の一ずつ相続したことが認められる。

3  原告ら固有の慰藉料 各自金一〇〇〇万円

原告らが、訴外太郎の親として、訴外太郎の死亡により精神的苦痛を受けたことは明らかであり、前記1説示の事情その他本件に現われた一切の事情を考慮して、右精神的苦痛を慰藉すべき金額は、それぞれ金一〇〇〇万円が相当である。

4  総計

右1ないし3を合計すると、原告らの損害額は、各自、金四八七五万六一一二円となる。

三  次に、被告らの過失相殺の抗弁について判断する。

1 被告らは、過失相殺の根拠事由として、①本件事件は、二八日朝の登校時における訴外次郎の被告丁橋に対する挑発・非礼な言動によって誘発された側面があること、②訴外太郎らは、喧嘩になることを十分予想しながら、これも辞さない意思で××小学校に出向いたこと、③訴外太郎らは、その際、闘争用に(仮に護身用であっても)ゴルフクラブやドライバー等の凶器を準備携帯してきたこと、④訴外太郎らは、本件事件現場において、被告らに対し、先に暴力を振るったこと等の事情を主張する。

2 まず、右②の事情について検討する。

(一)  前記第二の三で認定したとおり、訴外太郎は、××小学校に出向く時点で、事の成り行き次第では暴力沙汰にエスカレートするであろうことを予想しており、しかも、本件暴行がなされた時間は、既に午後一〇時を過ぎた時間であり、そのころの小学校には人気もなく、争いを制止してくれる第三者もいないのであるから、本件暴行現場である××小学校に出向けば多数の被告らから暴力を加えられて自己の身に危険ないし被害が生じるであろうことも予想できたと推認でき、訴外太郎としては、右危険ないし被害の発生を回避すべく、被告らの挑発にのることなく××小学校に出向くのを差し控え、あるいは両親に相談するなどして、本件事件の発生を未然に防止し得たのではないかとも推認できる。

また、訴外太郎が、××小学校に出向かなければ被告らが訴外太郎の自宅まで押し掛けてくる、あるいは別の機会に襲われるとの危機感を抱いたとしても、右のような事態が生じないような対処方法を考えれば足りるのであって、それをあえて危険を冒してまで××小学校に出向く必要はなかったともいえる。

(二)  しかしながら、訴外太郎が××小学校に出向いたということが、被告らの主張する過失にあたると認めることは相当でない。

すなわち、前記第二の三及び前記二の1で認定したとおり、本件事件は、もともとは被告戊山が喧嘩をする相手を探していたところ、たまたま訴外次郎の話題が出て、同人の普段の態度に因縁を付けて、被告戊山らが文句の電話をかけたことに端を発しており、被告らが訴外次郎に右のような電話をかけなければ起こらなかった事件であること、本件暴行は、ほとんど被告らによる一方的な集団暴行であり、しかも、度を越したすざましいものであったこと、被告らは、訴外太郎が息絶え絶えとなっている状況にあることを認識しながら、適切な救命措置もとることなく、証拠隠滅工作や被告戊山一人に責任転嫁を図ること(被告戊山から、自らが責任をとるから他の被告らは逃げるようにとの指示があったとしても)に終始し、その結果、訴外太郎を死亡させるに至らせたものであり、被告らの右行為は極めて悪質である。

右のように、本件事件の発端は被告らによって作られたものであること、被告らのほとんど一方的な暴行により訴外太郎を死に至らしめていることなどの本件の事情を考慮すると、訴外太郎が被告らの挑発にのって喧嘩になるかもしれないと予想しながら××小学校に出向いたとしても、そのことから直ちに訴外太郎に過失があったと認めるのは相当でない。

3 前記①の事情について

前記第二の三で認定したとおり、訴外次郎は、二七日に被告戊山からかかってきた電話の中で訴外太郎の名前が出たことを同人に話したところ、同人から真意をただすよう指示されて、翌二八日の朝、被告丁橋に対し、「放課後、来い。」、「あとで面を貸せ。」、「びびってるのか。」、「来いよ。」などと挑発的な言動をとったことが本件事件発生の一つの原因をなしていると認めることができるが、右のやりとりは、被告丁橋が訴外次郎を相手にしなかったことにより終わっているとともに、そもそも二八日朝の右出来事は、前日に被告戊山らが訴外次郎に言い掛かりの電話をかけたことに原因があり、しかも、このことが本件事件に発展していく根本原因となっているのであるから、訴外次郎の前記言動を捉えて訴外太郎らに本件事件を誘発した原因・過失があるとする被告らの主張は到底採用できない。

4 前記③の事情について

(一)  前記第二の三で認定したとおり、訴外太郎らが××小学校に出向く際に、訴外太郎はゴルフクラブ及びドライバーを、訴外次郎は自転車のステップをそれぞれ準備携帯していたが、ゴルフクラブ等は用法次第では相手を殺傷しうる能力を持っており、これらを準備携帯したことは、たとえ相手が大勢であり、その防禦のためであったとしても、危険な行為であるというべきである。

(二)  しかし、前記第二の三認定の事実及び本件事件関係証拠によれば、①ゴルフクラブは、訴外太郎が使用する前に被告己口五郎に取り上げられて、訴外太郎において使用する隙がなかったこと、②ドライバーも、訴外太郎のポケットに入れられたままで、使用された形跡はないこと、③自転車のステップは、訴外次郎が当初これを握って被告らの誰かを殴打した形跡が窺われるのみで、他に使用された形跡は窺われないことが認められる。

(三)  確かに、訴外太郎らがゴルフクラブ等を準備携帯したことにより、被告らの訴外太郎らに対する怒りが増大した一面を窺うことはできるが、被告らは、訴外太郎らがゴルフクラブ等を準備携帯して来ようが来まいが、初めから訴外太郎らが謝罪しない限りは徹底的に暴力を加えることを意図していたのであり、訴外太郎らがゴルフクラブ等を準備携帯してきたことを見て、初めて同人らに対して暴力を加える気になったというものではないのである。そうすると、前記(二)のように、訴外太郎はゴルフクラブ等を使用して被告らに暴力を加えた事実はなく、また、訴外次郎の自転車ステップ使用の形跡も当初の段階のみで、以降全く使用しておらず、逆に被告らは多人数で当初の予定どおりに訴外太郎らに暴力を加え、しかも、訴外太郎を死に至らしめているのであるから、訴外太郎らがゴルフクラブ等を準備携帯してきたからといって、これを過失相殺として斟酌すべき過失にあたると認めることはできず、被告らの主張は採用しない。

5 前記④の事情について

被告らは、訴外太郎らが先に暴力を振るったと主張するが、本件事件関係証拠によっても、訴外太郎らあるいは被告らのいずれが先に暴力を振るったかについては、これを認定することができず、したがって、被告らの右主張は採用できない。

6 右のとおり、被告らの主張する前記1の事情は、いずれも、過失相殺として斟酌すべき過失とは認められない。

そして、本件全証拠によるも、訴外太郎らには、他に過失相殺として斟酌すべき事情(過失)は認められないから、結局、被告らの過失相殺の抗弁は理由がない。

四  弁護士費用

原告らがその代理人に本件訴訟の追行を委任し、かつ報酬の支払を約束したことは弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件事案の難易度、本訴認容額等に照らし、原告らが相当因果関係のある損害として被告らに請求しうる弁護士費用の額は、各自金四〇〇万円とするのが相当である。

五  以上によれば、被告らは、連帯して、原告ら各自に対し、金五二七五万六一一二円及びこれに対する不法行為の後である平成六年六月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

六  よって、原告らの請求は、主文掲記の限度で理由があるから、その限度でこれらを認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・太田武聖、裁判官・大島淳司、裁判官・寺本明広)

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